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2005年02月28日

今日はすばらしい2

やっぱり、今日を機嫌よく生きることは大事だと思います。
生きていれば、いろいろあるわけです、
だから誰かのせいにしたり、嘆いたりしたくなることもあります。
そのときは、ちょっとそうすればいんです。

でも、今日を機嫌よく生きるかどうかは
選択であり、意志であり、ポリシー、ビジョン、ミッション、
自由なのです。
 
ウイリアム・ジェームズは言っています。

20世紀における最大の発見は、
人間は心のあり方を変えることができる。
それによって、行動をかえることができることに気がついたことである。


本当にそうです。

しかし、このことについて、散々言ってきたのに、
未だにわからないスタッフに、ときどき腹が立ちます。
それから、腹が立ってしまう自分に、苛立ちます。

だから、頭でわかっているからといって、
そうできるわけではないのです。

では、私はもう変わらないのか。

そんなことはありません。

いつか、本当に、ずっと機嫌よくいられるのか?

そう聞かれれば、答えは、
 
「もちりんです」

2005年02月26日

今日はすばらしい

今日は土曜日で、
六本木ヒルズの中でプログラムをやりました。

懐かしい顔の人たちにたくさん集まってもらって、
それでプログラムをやりました。

20年とか、25年前の人と顔を合わせて、
それだけで、なんだか胸がいっぱいになるような感じです。
 
今、これを書いている間、
息子は「戦場のメリークリスマス」(坂本龍一作曲)を弾いている。

25年前の曲で、なんだかタイムスリップしてしまったようです。

2005年02月24日

その昔のコーチ

日本にコーチを紹介して最初の頃、
コーチングの勉強を始めた知人がいました。

彼は習ったことをどこかで試したくてしようがない。
そこで、お手軽なところで奥さんを選んだ。

決して、家族を練習台にしないように注意していたのですが
彼は掟を破って、奥さんに聞いた。

「コーチしてあげようか」
「うん」

そこで、彼は二階に上がり、そこから一階の奥さんに電話をかけた。

「もしもし。僕だけど」
「はいはい」
「ところで、何についてコーチして欲しい?」
「そうね、ダイエットかしら」
「ダイエットね」
「そうね」

そこで、彼は質問を考えた。考えた末に、彼は聞いた。

「ダイエットなんだけど」
「うん」
「どうして、そんなに太っちゃったの?」

その瞬間、奥さんは電話を「ガチャン」と切った。
 
その後、

「こういう場合、どうするんだろうね」

なんて聞かれました。

これに答えちゃうと、巻き込まれるので、
遠巻きにすることにしました。
 
女の人に、体型とか、体重とか、年とか、しわとか、
そういうことを言わない方がいいよね〜なんて。

2005年02月23日

e-mail のない生活

先週末、e-mail のない生活を送りました。木曜日から日曜日まで。
それに、新聞もテレビもなし。

こういう生活は本当に久しぶりです。

特に不自由は感じませんでした。
ちょっと迷惑をかけた人もいましたが、私は大丈夫でした。

久しぶりに遊びまくって、つくづく思いました。
遊びは半端じゃだめだ、かなり本気にならないと。
倒れるぐらい遊ばないと、頭が仕事から離れない。
最近、遊んでいないから。

やっぱり枠から出るのには、思いっきり遊ぶことですね。


ところで、先週末一緒にいたのは、体重測定不能な男でした。
どうも、家庭用の体重計だと120kgぐらいまでしか測れなくて、そこから先は不明。

だから、彼に体重を聞くと、

「多分120kg ぐらい」

だいたいアメリカ圏は食事の量は多いのです。
それでも、彼はなんとか「大盛り」と言いたいわけです。
私も「半分」なら英語で言えるのですが、「大盛り」は言えなくて。

すると彼は、ウェイトレスをじっと見据えて、喉の奥をグーっと鳴らし、

「大盛り、大盛り」

ほとんど、餌を奪われそうになっている犬と同じで、
ウエイトレスもそれを察して、噛まれる前に退散するのでした。
 
こいつは存在が枠からはみ出している。

枠から出るのと、枠からはみ出すのはちょっと意味が違います。

はい。

2005年02月22日

あきらめきれずと、あきらめた

ふられて、しょげている友だちに
 
「いい加減にあきらめろよ」
「そう簡単にあきらめられるか」
 
そこで、
  
「そうかい。あきらめきれないなら、
いっそ、あきらめるなんてことも、あきらめちゃえ。」

それが、江戸の川柳で「あきらめきれずとあきらめた」になるわけです。
『江戸の知恵』という本に、あったような気がします。
  
粋ですね。


ちなみに「粋」の意味ですが、広辞苑にはこうあります。

-------------
気持や身なりのさっぱりとあかぬけしていて、
しかも色気をもっていること。
人情の表裏に通じ、特に遊里・遊興に関して精通していること。
(広辞苑第五版)
-------------

こうしてみると、粋と枠って字が似ている。


人が、枠から出るための知恵はずいぶん昔からあって、
枠から出るためには、それをどうひねくってもうまくいかない。

「わかっているんです。私にも、枠があって」

こういう人が枠から出たのを見たことがありません。
枠から出るためにもがいたからといって、
特にそこから出られるわけではありません。
  
枠から出るために必要なもの。
不測事態、パラドックス レトリック 変化、笑い、意外性、非常識、、、。

人は変化を求めます。
でも、自分にそれが起こるのは好みません。
自分以外のところで、変化が起こるのを見るのは大好きです。

それでもって、
「枠から出ないと」なんて、考えているわけです。

2005年02月21日

哀愁のヨーロッパ

昨日は機中だったため、ブログに書き込めませんでした。
今日は帰ってきて、
anti-aging のアドバイザリーグループへのプレゼンテーション、会食。

その後、九段にある小さな倶楽部。

そこには、ギターのうまいおじさんがいて、
いろんな曲を弾いてくれます。
曲に合わせてギターを変えて、ボサノバやブルース、
カントリーなどを歌って、ギターを弾いてくれます。
 
今日は最後に、サンタナの『哀愁のヨーロッパ』を弾いてくれました。

当時はなんとなく避けていた曲なのですが、
今日それを聞いたら、学生の頃を思い出しました。
ちょっと俗っぽい曲なのですが、好きな曲だったんです。
でも学生の頃って、そういうのを好きと言わないことで
保っていたアイデンティティーがあったんですね。

サビのところで、私はその頃の自分をありありと思い出しました。
 
私は、とても素敵な学生時代を送ったと思います。
事実がどうかは知りません。

でも、私は今日そう思いました。

2005年02月18日

枠の中2

何が真実かは、それを確かめる側も人間で、
制限された感覚器官でとらえるのですから、確かめようもありません。
それでも、自分の行動の整合性を保つために、
自分の行動には「理由」がつけられます。

「どうして今日は機嫌が悪いのですか?」

たとえその原因が前の日の過食であったり、飲みすぎに由来するとしても\n
「いやー、最近なんだか自分が理解されていないような気がしてね」

こんな理由がつくのはとても簡単です。

やがて、その理由が真実のように思えてくるところが、不思議です。
人間は脳が選んだ情報にアクセスします。
そして、頭の中でそのことに理由をつけます。「解釈」するのです。
そして、その解釈を基に、行動を起こします。
しかし、その解釈が事実に即しているかどうかは、わかりません。

問題は、その解釈を私たちは変えることができる、
そう気がついている人。
そして、解釈は変わらないのだと思っている人。
その二種類いるということです。

解釈、理由。
なんでもいいんですけど、どこにでもつくんですよね。

それでもって、理由は全部、もっともなんです。
 

2005年02月17日

枠の中

私たちは、自分が見たり聞いたりしているものこそが、
真実であり現実である、自分が見たり聞いたりしているものは、
世界中の誰にでも見え、そして、聞こえているのだ、と信じています。

犬の目に映る世界はモノクロで、カラーではないのだそうです。
また、カエルの目には、次のたった4つの現象しか
認識できないという実験があります。

・ ハッキリした線
・ 突然変化する光
・ 動くものの輪郭
・ 黒っぽい小さな物体の輪郭の曲線部分

どのような実験かは知りませんが、
1953年に、この実験が行われています。
カエルが見るのは、餌になる小さな昆虫、または、自分を餌にしている鳥の影。
カエルにとって、必要最小限の情報だけを認識します。
つまり、カエル固有の認識範囲にあてはまる情報だけを知覚するのです。

私はカエルよりましだと思っていますが、
「あいつはカエル並みだな〜」なんて思うことがあります。
すると、次の瞬間、誰かは私のことを、「芋虫並み」なんて思っていたりして。

芋虫か。
 
そういえば、息子が小さかった頃、ダンゴ虫に夢中になった頃があった。
なぜか息子には、ダンゴ虫が見える。

その後ヤモリにも凝った。なぜか、あの頃の息子にはヤモリが見えていた。
 
不思議ですね。
 

2005年02月16日

東京は雨

今日は雨です。

久しぶりの雨で、やっぱり雨だと気分が少し重いような、
でも、その重さがなんとも言えずにいい感じ。

雨を理由に、息子を車で学校まで送って行く。
後ろの座席に座った息子は、ゆうゆうとおにぎりを食べ、機嫌がいい。
頭のてっぺんは、髪の毛が立っていて、
窓の外をきょろきょろ見ているのが、
バックミラーを通して見える。
 
それにしても、朝起きてから、洋服を着て、
学校に行くまで、やけに時間がかかる。本当にのろま。

そういえば、私も中学の頃、のろまでした。
部屋の真ん中でボーっとして、
天井から垂れ下がっている蛍光灯のスイッチの紐を、
頭で右に左にはじいていた。
要するに、起きているように見えるけど、まだ、寝ているんです。
学校に行っても、きっとまだ寝ているんです。
 
私は、子どもをあまり無理して起こさない方がいいように思います。
できるなら息子には寝たいだけ寝かせてやりたい。
そしたら、毎日1時ごろまで寝るのかな?

2005年02月15日

お役所に入るとき

今日、お役所にいきました。
入口では、身分を証明するものを提示しなければならなくて、
私は免許証を出しました。

なんと、待ち合わせた私の知人は、
定期券を出してそこを通ろうとして、止められたことがあるそうです。
確かに、改札口だと言われれば、そう思えないこともありません。

改札口ね。
ちなみに、あそこをずるして通り抜けると、
それはやっぱり、キセルなのかな?
 
そう言えば、その昔、信号無視をして歩道を渡った友だちがいて、
そこにいた、お巡りさんに捕まってしまったのです。

捕まった瞬間に、友だちはなんと車の免許証を出した。
すると、お巡りさんもそれを受け取り、
懐中電灯で照らして、見ていた。

しばらくして、お巡りさんはふと我に返り、
「免許証じゃなくて、信号無視! ダメだよ、赤で渡っちゃ。」
 
免許証は、出すところをわきまえないと。

免許証といえば、思い出すなー、失効になったときのことを。
あれは、トラウマだ。いや、ゾウウマだ!

2005年02月14日

昨日は日曜日

昨日はN響の『惑星』を聴きに行くはずだったのですが、
チケットが買えなくて、残念でした。

『惑星』、いいですよね。

『惑星』は聴き逃しましたが、
代わりに、宮里藍さんの、優勝のスピーチを聞くことができました。
彼女のゴルフの才能はもちろんですが、
彼女のスピーチもそれに劣りません。
彼女のコーチ(お父さん)は、新しいタイプの選手を育成したんですね。

スポーツ選手は、
コミュニケートする能力とは無縁だと思われてきましたが、
実はそうではなかったのです。

コミュニケーション、そして、リテラシーは、
精神力の核をなすもののひとつなのだと思います。
彼女のコーチはそれを見越していたのでしょうか?

きっとそうだと思います。
 
彼女のスピーチは、私にとって短い『惑星』でした。

2005年02月13日

今日は日曜日

このところ、息子から三国志について講義を受けている。
何しろ登場人物が多く、挙句に全部漢字。
とてもじゃないけど、覚えきれない。

それだけではない。

それぞれのキャラクターを、自分なりにイメージしなければならない。
最近出た『泣き虫孔明』などを読んでいる息子やその友だちは、
それぞれの登場人物のキャラクターを、それなりに分析している。

私もコーチングで「4つのタイプ分け」などを使っているが、
彼らはもっと細かい。

それから、「三国志演義」では、
劉備が善玉、曹操が悪玉として語られているが、
彼らはそれには最初から懐疑で、結構、劉備をコケにしている。
それからもう少しひねったところで、自分のひいきを見つけている。
ちょとしたタニマチ気分だ。

ついこの間までは、ガンダムだったのです。
彼にとっては、ガンダムも三国志も。同じようなものなのでしょう。
まあ、それを言えば、なんでも同じか。
 
その昔、私も東映の映画には、すごく詳しかった。
小学校の2年生ぐらいの頃、年上の子と遊んでいたら、
その子が「宮本武蔵は強い」とか「荒木又衛門も強い」と話しているのを聞いて
私も負けずと言いました。

「大川橋蔵は、もっと強い」

座はしらけましたが、私はとっても得意な気分でした。
「若様侍シリーズ」が特に好きでした。
 
新しいデジカメを買いましたから、また、写真を載せられます。

2005年02月12日

今日は土曜日

昨日は名古屋の帰りに、有楽町ビックカメラに行って、
その後、ヤマハ楽器。ヤマハ楽器は閉まっていました。
その後、おでん屋。そこにはなんと「きりたんぽ」がおでんのネタである。
それは冬限定なんですけどね

そうそう、昨日、名古屋で講演したときに話したんです。

親になったからといって、子どもの教育の方法を習ったわけではない。
見よう見まね、先生も上司も同じ。それは、私も例外ではありません。
 
コーチングとは何かを教える人は、たくさんいます。
だからと言って、コーチングができるわけではありません。
コーチできる人は、これからだって、たくさんは出てこないと思います。
経験と学習、それにセンスが必要です。

私は素敵でご機嫌なコーチになるのが目的です。
素敵でご機嫌なコーチは、
内側に、素敵でご機嫌なイメージを持っているんです。
そのイメージを繰り返し創ることで、
それにどんどん近づいていけるように思います。
 
 
そういえば、私が唯一習ったのは、犬のトレーニング。
以前、ラブラドールを飼っていたときに、
そのトレーニング方法を習いました。
散歩しているときは、ずっと左側を歩くようにする、とか、
「待て」、「ハウス」という指示とか。

いま思い出したんですけど、
あんなに、私を凝視する目を他に思い出すことができません。
そして、私の肩に脚を乗せて、私の耳をかじるのが日課でした。
 
会いたいなー。

2005年02月11日

名古屋で講演

名古屋で講演でした。
例によって、いっぱい話したいことがあって、時間が足りなくなる。
話していて横道にそれてゆくのが楽しくて、気がつくとすでに時間切れ。
まだ、用意した半分が残っているのに。
 
帰りの新幹線の窓から、浜名湖が見えて、
夕暮れの浜名湖はとってもきれいです。
ちなみに聞いている曲は、ウィーンフィル、カラヤン、ヨハンシュトラウス供 
 

これから、ビックカメラに行って、
注文してあるデジカメを受け取り、
その後、ヤマハに寄って、
それから、たぶん、おでん屋に行きます。
明日は休みだから。

最近、土曜日とか、日曜日とかが、本当に嬉しい。
特に何をするわけでもありませんが、
土曜日と日曜日は本当に嬉しい。
心がうきうきします。

なんだか50を越して、いい感じです。

2005年02月10日

ゼロ戦

私の机の上には、ゼロ戦21型の模型が飾ってあります。
真珠湾を攻撃したときのものと、
その後、南方を飛んだ型のものです。

なぜゼロ戦に惹かれるのかはよくわかりません。

でも、自宅の机の上には、木製のゼロ戦もあります。
それは青山の『ウィング・クラブ』で買ったものです。

s-zerosen3.jpg

シカゴの空港にも、飛行機の模型を売っている店がありました。
飛行機の模型を見るのも大好きです。
 
いつか単座の飛行機で、空を飛んでみたい。
宙返りをしてみたい。
 
それから、昭和20年あたりにタイムスリップして、
ゼロ戦パイロットに会ってみたい。
 

とりとめのない一日でした。
 

2005年02月09日

見るものと、見られるもの

新横浜の駅で乗客がぞろぞろ降りて、
私の周りの人たちがみんな降りてしまったら、なんだか不安になった。
自分もここで降りないといけないんだろうか?
確かに切符は東京になっているんだけど、
みんな降りるんだったら、なんだか自分も降りようかな、なんて思う。
 
全然違う話ですが、

無意識ではありますが、私たちは多くの時間、
自分は見られていると思っているのかもしれません。
そこで、意識して「見ている」側に意識をシフトすると、
それはまるで違う体験が訪れます。
 
「20世紀における最大の発見は、
人間が自分の意志で、思うことを変えることができることに
気づいたことだ」
 
これは誰の言葉かというと、私のではない。
ウイリアム・ジェームスだ。

品川が見えてきた。
東京に帰ってきた。
 
あさっても名古屋に行きます。

会話をつくる2

会話で大切なのは、何を言うかではなく、
いま自分が何を感じているか、それを見失わずにいることです。

ときに相手の状態にだけ気を取られ、
自分がいま何を感じているか、無視されてしまう。
感じていることを感じられない。

つまり、自分とのコミュニケーションを忘れたところで、
目の前にいる人とのコミュニケーションはままならないのです。
 
これは誰が言っているのかというと、
私が言っているのです。


昨日まで、スタッフの研修で、今は、なんと名古屋の帰りです。
名古屋で講演をして、その帰り。

iPod で、その昔はやった「マンダム」の曲を聴いている。
チャールズ・ブロンソンが馬に乗って出てくる。
あの曲と共に、大学生活が始まった。

2005年02月07日

会話をつくる

時間はかかるかもしれません。
でも、お互いを理解したり、自分の考えを整理したり、
新しい考え方を持ったりするためにも、会話を創りだす能力が求められます。

会話のかわりに、
コミュニケーションのスタイルを確立することを優先させた人たちもいます。
たとえば、「決して言い負かされない」、「誰も不快にはさせない」、
「自分の意見を貫く」、「自分のグループの中だけで通じる」スタイル。

スタイルもとっても大事です。
でも、往々にしてスタイルは、会話に制限をつくってしまいます。
会話は、最も制限のないものである必要があります。

基本的には安全で、安心できるもの。
議論ではなく、会話。

会話における影響とは、
そこで話されている情報そのものではなく、相手を理解すること。
自分の概念を柔らかくし、それを再構築する。
そして、楽しさ。

会話はそれそのものが目的に他なりません。

「ここでこんな話をして、それで一体次にどうなるんだ?」

なんて思っているうちは、会話を楽しめません。


最近つくづく思うんです。

ずっと話し続けるおじさんとご飯を食べて、
「そのおじさんが話し続けている間、ここは我慢して聞きましょうか?」とか、
「話を止めてもらいましょうか?」とか。
 
でも、考えてみれば、一生懸命話させてしまう僕の方の問題もあるわけで、
その昔、先生に言われた「賢い振りするな」を思い出します。
やっぱり「馬鹿に戻ら」ないといろいろ難しい話をもちかけられたり、
されたりするんだなーと思いました。
誰も望んでいない会話になってしまうんだなー、なんて思ったのでした。

 
今、ビル・エバンスとジム・ホールの
Skating in the Central Park を聴いています。もちろん iPod で。
最近は4000曲をシャッフルして聞いています。
シャッフルしていると、おもちゃ箱ひっくり返したように
いろんな曲が出てきて、本当に楽しい。
それでもまだ、あと3000曲以上聞いていない。

次の曲は、ワンノート・サンバ。
ご機嫌な組み合わせ。
そして、シナトラ。
All the Way。 シナトラって、唄うまいですねー。

2005年02月06日

ご機嫌

今朝は8時に東京を出て、成田のホテルで研修です。
毎日顔をあわせているスタッフと研修をします。

研修をするホテルは、来るようになって、もう25年になります。
今でも、毎年夏は、ここで泳いでいます。

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以前、ここのプールには飛び込み台があって、
毎日あっちこっち水面に身体を打ちつけて、
それでもめげずに飛び込みました。

空中に飛び上がって、後は落下するだけなのですが
それがおもしろくて、何度も何度も飛び込みました。

それは、もうご機嫌です。

ご機嫌のもとはいろいろありますが、
プールに飛び込むのはそのうちのひとつです。

それから、

親しい人とご飯を食べること、
朝の散歩、
息子との日曜日の散歩、
奥さんと取り留めなく話すこと、
アシスタントに自分のビジョンを話すこと、
新しいことにチャレンジすること、
ミルキークイーンでつくったおにぎりを食べること、
そのときは、塩だけがうまい。

それから、それから、、、、。


人生でうまく行っているときは、
ご機嫌なときを思うことかもしれません。

過去の、そして、これからの。

2005年02月05日

機嫌がいい

この世界には、無数の暴力がある。
そして、その最たるものは、不機嫌。
親も、子どもも、先生も、生徒も、不機嫌に手を焼いている。
ほとんど、どうにもならないもんだと思っている。

不機嫌に至る理由はいろいろ考えられますが、
なんと言っても欲求不満でしょう。
特に、自分が十分評価されていない、愛されていないことに対する不満。
それは日常的な不機嫌に発展します。
もちろん、体調、その他の理由もありますけど。
 
さて、決して少なくない人が、
自分には人生で望むものを手にする資格がないと思い込んでいます。
こうしてみると、難しいのは、
自分のすばらしさを受け入れること。
それができるようになることなんでしょうかね。

フェルデンクライスは、

「人間は一生のうち、どこかで、
今のままの自分で価値があるということに
気づく体験をもたなければならない」

と言っています。
 
そのために、特別な修行や説教を聞く気はありませんが、
今日を機嫌よく生きる。
自分の不機嫌を誰かで解消しない。
これがいますぐやれる。
世間への貢献かもしれません。
 
機嫌がよければ、
あまり食べなくていいのかもしれないし。
 

2005年02月04日

食事はゆっくり食べる

昨今の食べ物は、どんどん食べやすくなっています。
また、あまり噛まなくてよくなっています。
だから、短時間にたくさん食べることができるのです。

噛まないで、短時間にどんどん食べることができるので
たくさん食べてしまうのかもしれません。
体重を減らそうと思うのなら、
ジャンクフードと言われるものを、
できるだけ食べないようにすることだと思います。
 
そうなると、身の回りに
あまり食べるものがないことに気がつきます。

ここで、昔の食生活はよかったと言いたいわけではありません。
昔も今も、いい食べ物はあまり多くないのだと思います。
自分でいろいろ試した時期もあるのですが、
最終的には、少しの量をゆっくり食べるのがいいと思います。


そういえば、以前インドのアシュラムで食事をする前に

「何のために食べますか?」

と聞かれたことがあります。

それは、お腹がすいているからに決まっていると思ったのですが、

「お腹すいているんですか?」と聞かれて、
あまりすいていないことに気がつきました。

「それならなぜ?」
「それはやはり、お昼だから」

と言ってから、ちょっと行きあたりました。
自分がブロイラーの鶏みたいな気がしました。

それから、彼は言いました。

「少しだけでいいですから、感謝して食べてくださいね」

感謝したり、愛情をもって食べたりすると、
いっぱいは食べられません。

2005年02月03日

太る理由

太る理由は、たぶん、ストレスと老化。
ストレスの方は、ストレスがかかって苦痛になり、
そこから逃れるために、食べることに対する依存が生じるのだと思います。
酒も、タバコも、過食も、依存の表れだと思います。

それから、老化。
基礎代謝が落ちているのに、
若い頃のように食べてしまえば、
それは皮下脂肪として蓄えられてしまうことになります。
 
もちろん体質もあります。
だから、このロジックが全部に当てはまるわけではありません。
 
ダイエットの方法にはいくつもあります。
どれもそれなりに効果をもたらします。

しかし、なんと言っても最初に「安心」することです。
安心感をもたらす方法はいくつかあります。
その第一は、ストレスの原因になるストレッサーを減らすことです。
それも小さなストレッサー。

たとえば、テレビ。
テレビは私たちが思っている以上に、
目や耳を通して無意識を刺激します。
できれば、見ないこと。
少なくとも、寝る2時間以上前は見ないこと。
寝ている間に頭のなかでリフレインされている可能性があるからです。
雑誌も特に見なくてもいいと思います。

刺激の強い食べ物、音、絵。
こういうものと距離を持つことです。
暴力的なものだと思えるものから、距離をもつことです。
 
そして、ゆっくり深く寝ることです。
寝ている間は食べませんから。
 
今日、私は確実に50g は減らした。
根拠はない。

でも、50g から1kg ぐらいは、気合で減らせるものです。
鏡を見て、精悍な自分をつくって、
そして、それを覚えこませる。
 
まちがっても、自分を批判したり、へらへらしたりしない。

ぎゅーっと絞って、心はゆとり。

2005年02月02日

減量

これから体重を減らすプロジェクトを始めることにします
ちなみに、私の目指す体重は64kgで、ウエストは78cmぐらい。
体脂肪率も、水分の%も計算しようと思います。
減量するには、基本的には食べないことなんです。

ところで、20年近く前、断食をしたことがあります。
一週間の断食ですが、一週間かけて食事を減らし、完全断食が一週間。
そのあと、もとに戻すのに二週間ぐらいかけたと思います。
その間、ずっと食べることを考えていたように思います。
その後、食べることに対する執着は増したのではないかと思います。
断食の間中、また、少しずつ食事を戻しているとき、
何か脳に刷り込んでしまった可能性があります。

おそらく、ダイエットを経験した人には、
同じような問題が生じているのではないかと思います。
つまり、無意識の飢餓状態に対する反応。
それは、戦後の食糧難を経験した人たちに
近いものなのかもしれません。

過剰に食べたいと思わせてしまう。
お腹が食べたいのではなく、頭が食べたい状態に入る。

そうなると、ダイエットすればするほど、
食べることに対する執着は増し、
ダイエット後のリバウンドは必至です。

体重を減らした方がいい。
これは、頭ではわかるのですが、
頭の深いところでは理解しないのでしょうね。
 
そこで私は考えた。

ダイエットに一番大事なのは、リラックスすることではないかと。
身体に力を入れないようにすること。
それから身体の声に耳を傾けること。
身体の部分部分に、目を向けることではないかと。
それに、食べたいという頭の声にも。
これだけで、かなりやせられる気がしています。

他には特に何もしないで、どの位やせるものか、
試してみたいと思います。

食べる量に対する感覚、何を食べるかに対する感覚など、
よみがえればいいわけです。
やっぱり、人生に満足することでしょうかね。
 
それから、
ただ、やせればいいわけではありません。
精悍にやせたい。肌もつるつるで。

もちろん、サプリメントはとります。
anti-agingのプログラムは、やります。
 
楽しみです。

2005年02月01日

アンチ・エイジング・メディスン

アンチ・エイジングの専門医はこう言っています。

「これから後10年長生きすれば、医学は今よりも進歩し、
今治すことのできない病気を治すことができるようになるでしょう。
それによって、もう10年長生きすることができれば、
もう後10年長生きできるだけ、医療は発達するでしょう。
それを繰り返せば、無限に生きられます。
少しでも長く生きれば、より長く生きる可能性は広がります。
それも元気で」
 
サプリメント、キレーション、HGH、
さまざまなアンチ・エイジング医療が開発され、
単なる予防から抗加齢へと進化しています。
これら先進的な医療は、今求めれば手の届くところにあります。
また、これらの先進的医療は、全てエビデンシャル(証拠に基づいたもの)であり、
テーラーメード・メディスン(個々人に合わせた医療)です。

抗加齢医学は、健康の維持と長生きのための
大きな可能性をもった選択肢のひとつです。

人生に偶然はない

長生きする------。

自分でそう決めることは、
自分の人生に責任をもつということにほかなりません。
健康を維持すること、若さを保つことは、
自分の意志があって初めて可能になります。
それは偶然ではありません。

これは長生きのための哲学のひとつです。
そして、自らがアンチエイジングに関わろうと決めるとき、
私たちが手にするベネフィットの一つです。


ストレスをコントロールする。

めまぐるしく変化する現代社会に生きる私たちは、
常にストレスにさらされています。
ストレスそのものは、決して否定すべきものではありません。
しかし、常にストレスを抱えている状態は、
まるで、ターボエンジンをフル回転させている状態が
続いているようなものです。
仕事や事業の成功、成就は大切なことに違いありません。
しかし、それを目指す過程で、オーバーヒートしてしまえば
本来の意味を失います。

長生きのためには、今を楽しむためのゆとりが必要です。
ストレスを軽減させる。
その方法を知ることは、アンチエイジングの大きなテーマです。
ストレスを理解し、その原因を知ることができれば、
充分対応することができます。
ストレスのレベル、
ストレスレベルが高くなったときのストレスサイン、
そして、ストレスを引き起こす原因であるストレッサー。
これらに注意を向け、
コントロールする方法を知ることです。

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