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2006年09月21日

カンファレンス

今回のNYでのカンファレンスは、
前回のサンディエゴに続いて、2回目の参加です。

コーチングは、アメリカではごくあたりまえに用いられていて、
コンサルティング会社がコーチングを始めたり、
リーダーシップやHRを扱っていた会社も、
コーチングを始めています。

またコーチングを取り入れている会社も増えていて、
今回は、ゴールドマンサックス、デロイト、
ジョンソン・アンド・ジョンソンなどの会社が
プレゼンテーションをしました。

その中で、おもしろい話がいくつかありました。

たとえば、7年くらいまじめに会社に勤めていて、
業績も高く、いい役職につき、顧客からも信頼されていた、
優秀な女性スタッフが、ある日、会社を辞めてしまいました。

その後、彼女に話を聞く機会があり、
その会社の人事部の人が、彼女になぜ辞めたのかを聞きました。

彼女が言うには、仕事はとてもおもしろかったし、特に不満はなかった。
そこに、ヘッドハンターから電話が来た。
ヘッドハンターはとてもよく話を聞いてくれて、
私のキャリアプランについても、たくさん話を聞いてくれた。
会社の中では、みんないそがしくて誰もそんな話を聞いてくれなかった。
だから、私は会社を辞めて、次の会社にいくことにした。

皮肉な話ですが、そのヘッドハンターは、
「コーチ」だったわけです。

そういえば、今朝一緒にご飯を食べた人も
昔は銀行にいて、その後はヘッドハンティングの会社、
そして、今はコーチです。
  
もうひとつ、興味深い話がありました

それは、毎日勤勉に仕事をしている人が、
必ずしも「情熱」をもって仕事をしているわけではない、という話です。
毎日時間通りに会社に通ってくるからといって、
「コミットメント」があるわけではないということです。

いかに「情熱」をそこに持ち込むか、
それについてコーチできるといいわけです。
  
それは、正解を求めるようなコーチングでは機能しません。
清水博先生の著書に次のようなことが書かれています。

『人々は「正解」に縛られてしまい、
その縛りを打ち破っていく力を発揮できないのです。
家庭や学校が「正解」によって
子どもの心の働きを縛る「閉じた場」になっているために、
子どもは自分自身に問いかけながら生きることができませんから、
生きて存在していることを大切にする心を失っていくのです。
それは、原因をたどっていけば、人間の価値を
市場の要求に従って決めようとすることから生まれているのです。』
(清水博著『場の統合』より)
  
・・・

いま、コーチングのセオリーを考えているのですが、
そのひとつは、やはり、「人は関わりの中に生きている」わけですから、
その人だけと会話したり、コミュニケーションを交わしたりすることで、
その人の行動が変わるとは思えないということです。

もっと新しい人との関わりを増やすために何ができるか、
それについてコーチします。

新しい関係は、最初は苦痛ですが、
きっと新しい行動を引き出すでしょう。

もうひとつは、基本的な質問を繰り返すことです。

「いま自分にどんな問いかけをしているか」

それについて質問をします。
いま、ここで、感じていることや、
いま自分の思っていることとコンタクトをとる。
自分との関わりを増やすわけですね。

人の細胞は、それひとつひとつも生きています。
だからといって、それが人間そのものではありません。
それが集まってひとりの人間になるわけです。
ひとつの細胞も生きていて、全体としても生きているわけです。

その関係が、「生きている」ということなのだと思います。

だから、自分の内側での関わりにも目を向けてもらう。
  

それから、もうひとつは、「未来を読む」。

ベンジャミン・ザンダーに質問しました。

「指揮者って、何をしているんですか?」

彼は言いました。

「少しの未来を指揮している」

過去に影響するのは、物理的に無理があります。
しかし、未来ならまだ介入できる可能性があります。
だから、未来を話す。
未来についての質問をします。
  

そして、「フィードバックを機能させる」。

コミュニケーションは、本来フィードバックのサイクルを意味します。
フィードバックについて理解し、それを受け取れるようになると、
可能性は広がります。

人間の知覚は制限されています。
わたしたちは、見たいように見て、聞きたいように聞いているわけです。
だからフィードバックを活かす必要があるのです。

フィードバックには、どこかネガティブなイメージがありますが、
フィードバックについて理解すると、
それは受け止め方の問題であることがわかります。

フィードバックをどう活かすかという視点をもっていれば、
それは充分に使えます。

もちろんフィードバックの内容や、タイミング、
誰がするかによって、ショックを受けることもあります。
しかし、そのショックそのものを私たちは必要としているのだと思います。

目標が何であるか、目的が何であるか。
それが共有されている限りにおいて、フィードバックは機能します。
自分をコントロールしようとする企みがない限りにおいて、
フィードバックは機能します。

そのためには、できるだけこちらからフィードバックを要求することです。

「いま自分は○○の方向に向かっているが、君にはどう見えている?」
  
フィードバックが機能するもうひとつの領域は、「リアリティ」です。

「体重計」、「体脂肪計」、「血圧」、「生体検査の結果」、「エビデンシャルな
データ」。

これらは全部フィードバックになります。
また360度フィードバックも、それに近いものです。

ただ、全ては「いま」のものですから、
決して未来もそうであるというわけではありません。
そのことをよく理解しておく必要があります。
  
それから、他の生体(人)の「感じ」「感情」に、どのような影響を与えているか。
人間はお互いに共鳴しあって生きています。
ですから、他の人の感じていることや感情に、
自分がどのような影響を与えているかについて
フィードバックを受けることは、とても役に立ちます。
関わりをそこに創りだす上において。
  
フィードバックを受けることで、
いま自分はどこにいて、どこに向かっているのか、
場にどのように影響し、どのような影響を受けているのか、
自分の思っていることがどのように表現されているか、
それら貴重な情報を手にすることができます。

それによって、より高い状況適応力を
身につけることができるようになります。

もっと簡単に言えば、人との関わりを深め、
広めてゆくことができるようになるわけです。
また、自分自身への認識も深まります。
そうすることで、より自由なあり方を、
自分のものにすることができるようになります。
  
細胞だけ、からだ全体だけの、
どちらかだけで生きているわけではない。
その両方で生きているのです。

同じように、自分だけで生きているわけでもなければ、
社会全体だけが大事なわけでもありません。
その両方の関わりの中で生きているのです。
  
だから、フィードバックはそれを求める、求めないにかかわらず、
すでにそこにあるものなのです。
あとはそれを受け取るだけでいい。

フィードバックの機能を奪ったのは権力でした。
それは、彼らにとって不都合だったのでしょう。

また、フィードバックを私たちが嫌う部分は、
おそらく、自分の中のプライドであったり、エゴなのでしょう。
つまり自分の中の権力。

まあ、それが自由な表現の妨げでもあるわけです。
  
  

2006年09月14日

『若返る人』

今日は、『若返る人』の著者である、ハリー・ロッジ氏に会いました。

彼のオフィスからはプラザホテルが見えて、
ほんの少し、セントラルパークも見えます。

彼は、『若返る人』の中で、
人が健康で生きていくためにできることとして、
次の3つのことを言っています。
 

1. エクササイズ

心拍数を、毎日(220−年齢)× 0.7〜0.8 に上げる。
  
私は質問しました

「いつになったらやめていいんですか?」

「死んだ次の日」

「つまり始めたら、終わらないわけですね」

「そう」
 
 

2.エモーショナル
 
心理的、精神的に安定していること。

人が病気になる理由の一つに「孤立」があります。
孤立してしまうことが、精神的、心理的な一番の問題であり、
その程度によってさまざまな症状が現れるわけです。
やはり、いかに関係を築くか、
そのあり方とスキルが求められるわけです。

仕事を続けること、社会に貢献するための団体に所属すること、
家族とのいい関係をつくること。

すべて成り行きではなく、自分で創り出すものなのでしょう。
 


3.栄養
 
これは特に目新しくありません。
 
でも、そこからいろいろお話は発展したのです。

「食事を制限するのはなかなか難しい。
それに、間違った制限をして、栄養上の問題を起こす場合もある」とロッジ。

「運動をそんなに毎日やるのは大変でしょう」

「君は?」

「僕はやっている。
やや血圧が高いけど、毎日走ることで血圧は下がっている」

「そうなんだよ」
  
彼は言います。
他人に言われてやることは、あまりうまく行かない、
自分で選ぶ必要がある、と。

「自分で選べるようになるのにはどんなサポートをしますか?」

「リアリティー、事実を用意して、それを相手の目の前に出す。
これをやるとどうなって、これをやめればどうなるか。
それを見せる」

「でも、自分が心筋梗塞を起こしても、
タバコをやめない、酒を飲み続ける、運動はしない。
そういう人もいるでしょう」

「その通りだ」

「そういうどきはどうするの?」

「自分で選べるのだということについて話す。」

「ふむ」

「遺伝だとかいろいろいうけど、
健康でいることは決して偶然ではなく、自分で選べる。
みんな、いまの自分の状態が、
自分の選択の結果だということに気づいていないんだ。
それについて理解すれば、行動は変わりうる」

「そうですね」

「加齢は止められない。
でも、今日を健康できることはできるんだ」
  
彼はとても情熱的でした。

いかに情熱をそこに持ち込むか。

きっとそれも大事なテーマなんですね。
  

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